幼児教育

幼児教育といっても、広い意味では家庭のしつけや食育もはいりますし、狭い意味なら幼稚園や受験のための幼児教室 などが入るでしょう。まだ、年端のいかない小さな子どもに対して早期教育を施すことには賛否両論あります。 しかし、子どもを思う親の気持ちには変わりありません。方法は色々でも何らかの教育を子どもに与えたいと思うもの でしょう。子どもが将来成功するように道筋をつけてやりたいとお受験をさせたり、高度な音楽、英語の習い事をさせ たりするのもわかります。しかし、今の日本は国の道筋すら見えない状況です。私たちは先の大震災で、ある日を境に 何もかも失ったり、物の価値観が変わるのを見てしまいました。弁護士は人あまりで資格をとっても就職難ですし、 頑張って開成高校にいれても、医学部に入れるかはわかりません。医学部に入ったとしても国家試験を通るかわかりま せん。入った一部上場企業は中国に市場を奪われて倒産するかもしれません。何も確かなことなどない世の中なのです。 今日働いていた職場が明日もあるかわからないのです。これからの幼児教育は「生きる」力を伸ばすことに重点を置く べきではないでしょうか。どんなアクシデントに見舞われてもどんな仕事をしても、生活して生き残っていく力を養う 事が今後この国で生活していくのに必要不可欠なのではないでしょうか。
景気が悪く、先行きの見えないこれからの時代に子どもを送り出す親にとって、子どもの教育だけは少なくとも 間違いのない投資に感じられるのでしょうか。幼児教育といえば幼稚園ですが、放課後「幼児教室」に通う子ども たちがいます。小学校受験するこどもたちです。何故すこしでも経済的に余裕があると受験に走るのか。そこには 現代の公教育に対する根深い不信感が背景にあります。いじめや学級崩壊、モンスターペアレントと呼ばれる 理不尽な主張を繰り返す親。ゆとり教育の名のもとに徹底的に分量を減らされたカリキュラム。不安に思わない 方が不思議です。親も助けてあげられるうちに大学付属校へ合格しあとの学校生活をラクにしてあげたいという 親心も当然です。しかし時代は流れています。良い大学に行ったからと言ってよい就職が出来る可能性が高いと いうわけではない時代になりました。大企業にも付属出で途中の受験の苦労も挫折感も知らず、経済的にも恵まれ た環境でぬくぬくと育ったひ弱な学生より、地方出身で勉強をみっちりとしてきたしっかりとしている国立大生を 欲しいという声が多いそうです。またいまや最強のライバルは、勉強熱心で中国語、英語、日本語を流暢にあやつ る中国人留学生だったりするです。コネや交友関係が物を言う広告代理店やマスコミ、オーナー企業の子息などは 別にしても、もし一流企業への就職が最終目標なら、一般的なサラリーマン家庭が無理をして付属校に行かせるメリ ットはあまりないのではないでしょうか。  
幼児教育といえば、幼稚園ですよね。幼稚園は文部科学省管轄の教育機関です。幼稚園の先生は幼稚園教諭の免許 をもっています。同じような施設で保育園がありますが、保育園は厚生労働省の管轄です。「保育に欠ける」こども を預かる福祉施設です。職員は「保育士」の資格を有します。似ているようで違うこの二つの施設。待機児童が非常に 多い昨今、両園の垣根を取り払い「こども園」として統一したいという構想もありまかすが、なかなか実現にいたって いません。幼稚園は教育機関ですので、カリキュラムもあり園児たちは先生の指導の下学習しています。習字や英会話 を取り入れる幼稚園もたくさんあり習い事をしなくても幼稚園に行っているだけでかなりの体験ができます。 保育園は保育の場ですので、基本的には学習活動はそれほど行っていません。在園時間も長く、お昼ね、おやつなどの 時間も設けられています。しかし年長クラスともなれば読み書きの練習もしますし、運動会が近くなれば鼓笛隊なども 練習したりします。内容はあまり変わらなくなってきているのです。幼稚園は公立もありますが、私立の幼稚園が非常に おおく、少子化の中園児を集めるために特色を出さざる得ません。必然的に学習に力をいれるようになるのです。 また、幼稚園の放課後、業者に場所を提供して英会話や絵画教室、バレエ教室などを行ってることもとても多いです。
英語に限らず、語学は早く始めたほうがいいというのは定説です。確かにアメリカでは二歳の子でも英語を話して いるのですからね。耳も「英語耳」になるというものです。しかし母国語をキチンと習得していないうちに英語を 学習して混乱しないのでしょうか?ハーフだったり海外に居住していて現地の学校にいる場合はしょうがないとして も、日本に住んでいて日本人の家族の中で英語を習得するのは大変なものです。実際週一回くらいの英語教室で ネイティブのような語学力を身につけるのはまず不可能です。しかし日本人は「これからの時代英語くらいは」 と考え自分の子どもには英語で苦労させたくない、世界に通用する仕事をして欲しいと思い、小さい頃から幼児教育 の一環として英語教育に時間とお金を割きます。英会話と英語は違います。日本の英語教育は二本立て。幼少期と 小学校の低学年はとにかく英語を好きになるということに重点が置かれ、英語の歌を歌ったり、ゲームをしたり、 踊りをおどったりと楽しむことが中心です。しかし高学年や中学生になると突然文法中心の「つまらない英語」に なります。このギャップは小さい頃から楽しい英語に親しんできた子どもほど大きく感じます。そこで英語嫌いに なる子どもも多くいるのです。英語の早期教育はあくまでも楽しい習い事のひとつとして始めて、子どもに過度の 期待や要求をしないこと、日本語や日本文化のの習得がしっかりされていてこその国際人であるということを忘れず にいたいものです。
通信教育での幼児教育というと年配の皆さんは驚かれると思います。でも今のお母さんたちはほぼ皆んな知って いる幼児向け通信教育の教材で、ベネッセの「こどもちゃれんじ」というものがあります。ゼロ歳児から年長組 まで続く教材で「しまじろう」という可愛らしい虎の主人公を中心に展開していきます。最初にしまじろうの、 マペット人形が付録につき、子どもたちの心をガッチリと鷲づかみにします。よくみてみると街中で虎のぬいぐるみ をもった乳幼児に結構出会うものです。非常に浸透しているのがわかります。ビデオや絵本や付録のおもちゃを つかいながら、年齢発達に応じた学習ができるようになっているのです。何かこどもにさせてあげたいけど、 習い事に通わせるほどの経済的な余裕がないとか、下に赤ん坊がいてお教室に通わせられないとか事情がある 家庭でもリーズナブルな金額で始められる通信教材として非常に人気があります。この手のものの欠点は定期購入 していることで安心してしまい、充分に活用しきれないということがあります。とことん使い切る気持ちで、 子どもと一緒に取り組むことが大事です。ベネッセは非常に上手にこの教材を小学生、中学生と繋げており、 子どもの通信教育の雄になっています。通信教育は昔にはなかった幼児教育のツールとして浸透しているのです。    
御稽古事なんて早いわという方もいるでしょうが、昨今では幼児教育の一環としてお稽古事に小さいうちから 通わせる親御さんが増えています。就園まえの子どもだと、リトミック、水泳などが多いでしょうか。 入園後は英語が増えてきますね。早いうちから耳を鍛えてネイティブな発音をと考える方も多くネイティブの 講師について習うこどもがたくさんいます。音楽教室やサッカー教室。バレエやヒップホップなどのダンス系も 多いです。また、お受験対策のために専門の幼児教室に通う子もいます。幼児の習い事は楽しんで学ぶというの を基本にしている教室が多く子どもたちも遊びの延長で通っていることが多いでしょうが、毎日毎日習い事で スケジュールが万杯。お友達と遊ぶ暇がないというのでは主客転倒です。子どもは遊んでいるのが本分ですので 疲れ切ってしまうような予定を組まずに、子どもがやる気をみせなければ、さっと撤退することも重要なのです。 得てして、親御さんの希望と異なり、御稽古事は成果が出ないことも多いです。筆者の子どもも就園まえには リトミックを小学生時には機械体操をさせていましたが、体育は苦手です。英語も幼稚園から七年も習わせて いましたが、英語劇や英語のゲームは大好きだけど文法は大嫌い!といい、いまでは英語は一番苦手な教科です。
家庭では、幼児教育なんて堅苦しく考える必要はありません。基本的にはたっぷり食べさせたっぷり寝かせ たっぷり遊ばせることです。食事は家庭教育の主役です。可能な限り、手づくりで栄養に配慮した薄味の食事 をさせましょう。食事の場面では楽しく好き嫌いなく食べれるように工夫して、食べるって素敵だなと思わせ ればいいのです。大きくなってきたら食事のマナーなども教えてあげましょう。睡眠はこどもの成長に欠かせ ません。しかし最近は幼児の就寝時間か遅くなっていると指摘されています。遅く帰ってくる父親に会わせたい 、などという理由も理解できますが、早寝早起きの生活リズムを身に付けさせるためにも読み聞かせなどをして 早めに床に着くようにしましょう。次は遊びですが、最近はお母さんやお父さんが忙しい時についついテレビや ビデオに子守をまかせてしまうこともあるでしょう。幼い子は人とのかかわりの中で言葉を覚え、感情の発露の 仕方を覚えます。普段忙しい父親も休みの日には、体を使って子どもとじゃれあったり、絵を描いたり、本を 読んでやったりするといいですね。一緒にお風呂に入って歌を歌うなんていうのもいいです。スキンシップは 親子双方の情緒を安定させ、脳を育てる大事な栄養なのです。おもちゃも高価な知育玩具は祖父母たちにお願い して、若い両親はぜひ手づくりのおもちゃに挑戦して欲しいです。ダンボールに窓をつけただけの秘密基地を 作ってみたり、紙飛行機なんかもいいですね。あとも新聞紙を親子でビリビリにやぶって紙ふぶきごっこなんて 親もストレス解消に最高です。少し部屋はよごれますが、自分でやぶったので細かくなくて案外片付けやすい ですし、子どもも夜良く寝ますよ。  
幼児教育と聞いてうかぶのは、小学校受験に血道を上げる両親の姿を描いたテレビドラマだったりする人もいる と思います。首都圏では中学受験も当たり前の光景になってきましたが、小学校受験というまだやはりごく一部 の層のことと感じるかもしれないですね。ゆえに小学校受験に関しては世間は批判的もしくは無関心という態度 も多いと思います。ただ金銭的にも余裕がある層の家庭が公教育に不安や疑問をもち、私学に流れるのはある意味 当然だと思います。小学校受験は子どもの受験というより親の受験という要素が強く、幼児教室に通わせるだけの 財力が必要です。幼児教室では受験に勝ち抜くテクニックを子どもと親に伝授します。子どもは楽しく遊んでいる 感覚かもしれません。受験をする意味がわからないので落ちる不安もありません。しかし親は違います。 名門校が望む、キチンとした家庭生活を送り、豊かな社会体験をしている子どもにするために、読み書きはもちろん 一緒に料理を作ったり、小動物を飼って見たり、キャンプに連れて行ったりそれはそれは「体験」づくりにも手を 抜けません。家族のワンシーンとしてそれらがあるのはよいですが、受験のためとなると相当なストレスにな しょう。受験が成功すればまだよいのですが、失敗したとき親が燃え尽きてしまっていたら子どもにも悪影響を 及ぼしかねません。「お受験」という幼児教育はとてもリスキーなものであるということを心に留めておく必要が あるでしょう。
幼児教育の基本は家庭にあります。規則正しい生活習慣、自分のことを自分で出来るという「生きる力」を身に 付けさせるスタート地点です。しかし近年その家庭における教育力は下落傾向もしくは二極化されているように 思われます。極端な一方は崩壊した家庭にあって満足に衣食住も与えられず、しつけという名の虐待を受けて いる幼児。そしてもう一方は「お受験」のために年齢の能力以上のことを要求され、疲労困憊している幼児です。 その中間層にほとんどの幼児がいるわけですが、核家族化が進み養育者は母親がほとんど、地域から孤立しがちで ストレスをためた母親は潜在的な虐待者予備軍になりえます。だから母親たちは孤独感から幼児教育の開始として、 地元の母親たちが集まる幼児サークルなどにはいります。このようなサークルはほとんど「子どもの社会性を養う」 などという目標以前に母親たちのストレス解消と情報交換のために存在します。それでいいのです。子どもにとって 養育者の情緒の安定というのは非常に(もしかしたら一番)重要なことなのですから。しかしそんな和に溶け込めないで 余計ストレスを受ける母親も結構います。でも無理をして「子どものお友達づくり」のために我慢してサークルを 続けたりしています。もはや、誰が誰のために何のために「幼児教育」しているのかがわからなくなってしまうのです。
幼児教育と聞くと、幼稚園での学習やお稽古事、幼児教室での「お受験」の準備などが思い浮かびますね。 もちろん、それらも幼児教育の重要なファクターであることは言うまでもありませんが、もっと広い意味での 幼児教育について考えてみましょう。人間の脳の9割は六歳までに出来上がるといわれています。ではそれまで に何か学習しないと一生勉強が苦手になるか、といえばそうではないのは皆さん実感としてお解かりでしょう。 柔軟な幼児期までに、語学や音感などを学ばせたいというのは理解できます。しかし、それらの教育は社会的な 生活習慣、母国語の習得、家族間で育むべき豊かな情感なしでは意味がありません。幼児期に一番大切なのは、 衣食住が安定し、保護者の安定した感情のもとに受ける無条件の愛情です。このような基本的な条件が整って 初めて、それらの稽古事などが身につき生かされるのです。 豊かな現代社会においても、貧困は存在し虐待や育児放棄による幼児の死亡事件は後をたちません。被害者の子 どもたちは食事も満足に与えられず非衛生的な環境のもと暴力によって短い生涯を終えることになりました。 ここには、英会話教室もお受験も存在しません。「幼児教育」なるものは、この世のすべての幼児が公平に与え られるものではなく、ある一定以上の階層にある家庭の子どもにだけ与えられるぜいたく品かのようです。 今一度広義的な意味での幼児教育を国も大人も考えてみる必要がありそうです。
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